人生後半、遊び人

食べて飲んで、好奇心のまま動き回ることが大好き。

この夏、ゴクゴクワインいいかな?

トイレで2回の出血で、婦人科クリニックを予約し

帰宅して、重だるい疲れを引きずり、お腹の鈍い痛みを抱え、

受診以外の日は、ベッドでダウン‥‥‥(*´艸`*)

 

動けない自分は、若い頃の二日酔いだったり、初めてのつわりの日々だったり、

風邪とか、重~い生理の前日だったり‥‥‥全部遠い日の出来事。

 

こんなに早く(?)、動けない日が来るとは、思っても見なかった。

 

しっかりと休養の日々を送り、1週間を経過したら、

なんと!すんなり、起床 (*´艸`*)‥‥‥

 

そして母の訃報‥‥‥‥

 

ようやく、6月初旬に予約したワインセットを手にした。

お馴染みの "恵比寿屋さん"

 


夏のワインセットを予約していた ♪

 

 

バーべキューに最高らしいイタリアのスパークリング。

( ,,`・ω・´)ンンン?バーベキューは、夫が30年近く前に、急性膵炎になってから

ご無沙汰している‥‥‥一人で?(笑)

 

 

フランスの赤は、なんと!1リットルの貫禄あるボディ!

得した気分。

 

 

ユニークなのが、缶入りのワイン達。

 

身体と相談しながら‥‥‥(*´艸`*)‥‥‥少しずつ楽しんでみよう ♪

なんて、大丈夫⁈‥‥‥‥

 

想定外のわたしが出現

今月93歳を迎える予定だった母を送り、

弟達はそれぞれの生活に戻っていった。

 

通夜と葬儀で冷え切ったお腹は‥‥‥ホッカイロのお世話に!(⊙_⊙;)

帰宅できる体調にしようと入浴施設に向かう。

 

母ともよく通ったな。あ~母はもういないと‥‥‥‥

嗚咽が止まらい!!!!! 自分に驚く‥‥‥‥メンタル崩壊?

 

足を骨折してから、大腸憩室穿孔で人工肛門になり、6か月に及ぶ入院後から

「長生きしすぎたて‥‥‥早(はや)、お迎えがこねかのう‥‥‥」

 

ようやく望んだ施設に入所したとはいえ、要介護4や5で認知症の方がほとんど!

「おれが、手を貸してやりたいて。」と。

1年余りの入所期間、7回の入退院。

入院の度に

「また、具合が悪くなったのが見つかって、送られてきたて!」

「はよ、終わりたいのう。」

「もう、さんざんだて」

「動かんねきゃ、生きててもしょうがねえこてね。」

「いつになったら、死なれんだかのう。」

 

母の性格からしたら、手を貸して頂くのではなく、手を貸す方が好きだった。

 

入院の度に、検査結果の数値が悪化し、レントゲンの映像からはよくぞ生きている!

と感心していた。

だから、その疲れ切った身体からの脱出成功は、

”お疲れ様、良かったね”

頭では理解しつつ、心が喪失感で一杯になる。

 

母が居ない!淋しい!

やだわたし、母の事好きだった (笑)

 

入浴施設の受付で二度見され、露天風呂でぼんやりと時間を過ごした。

”いつまでも、めそめそしてんじゃねこてね” ‥‥‥(*´艸`*) 

そうだよね~~~

 

 

雨の光前寺

 

雨にけぶる光前寺。

6月の末日に間に合った。

雨でも日曜のせいか、観光バスが止まり、一般の車も十数台。

 

 

鮮やかな緑の饗宴に、眼を見張る。

今まで知らなかった "光前寺" の姿に、少々驚きつつ‥‥‥‥

母を失ったばかりのモヤモヤ感が、雨に流されて、気持ちまで洗われていく。

 

 

 

 

 


アジサイも存在していた‥‥‥(*´艸`*)

 

 

木々の緑の中から、本堂が現れる。

 

清涼感と安心感がないまぜで、この場所に安らぐ。

 

温かく母を送ることが出来た報告とお礼を告げる。

今年が半分終了。

 

葬儀事情

小さなお葬式を却下して、契約したのは、地元に根付きながら
新たな受け入れを始めた施設だった。

 

真新しい。

出来上がって、まだ2年目かな?

 

コロナ禍を経て、こじんまりとした家族のみの葬儀が増える中、

最最少人数での葬儀を、きちんと執り行いたい家族の意向に応えた?

 

 

ゆとりのあるリビングダイニングキッチン

 

 

ビジネスホテル並みのツインルーム

 

 

脱衣所も広く、バスルームもゆったり

 

もちろん、トイレも別にある

 

違いは、祭壇とご遺体を安置する部屋を併設。

 

そのお部屋も、洋室。

蝋燭や線香は、昨今の "地震" への配慮から読経以外

蝋燭はLEDに、線香はアロマオイル。

蝋燭の炎を絶やさずとか、線香を絶やさずとか‥‥‥‥無い。

 

県外で普段の生活の中、緊急で長距離移動を強いられ、

葬儀に関する決めごとに四苦八苦しつつ、大切な人を失った哀しみの中

せめて、身体を労わらなければ、

超高齢の親を送る、高齢の子供も、共倒れ!

 

設備は、快適であったけれど、

もう一つ葬儀のシンプル化がほしい。

地域で暮らす "本家" 登場で、あれこれ支持を出そうとする中

「亡くなったら、リン酸カルシウムですよね。」

言ってしまった!

地元で育ってそのまま生活しているなら、本家との接触もあるだろうが

高齢で一人暮らしの母に、何十年も声掛けすらない仲だ。

 

その後本家は、通夜だけ列席して葬儀は欠‥‥‥

母を偲んでもらえる人だけがいい!!!!!

死後硬直から‥‥‥

92歳母の、6月のサポート記録(6)

 

葬儀社からの母のお迎えまで1時間。

冷え切った個室で、母と面会が続く。

 

最期まで食事を口にしていたせいか、やつれが見えない。

「アイスは美味しいのう。」

毎日アイスクリームを堪能していた。

アイスクリームが美味しいのは、最期が近いからだと自分から言っていた。

 

母のお腹のあたりが、呼吸するように上下する‥‥‥‥

( ,,`・ω・´)ンンン?やだ、生きているじゃない!

おもむろに触れたら、冷たい。

ドライアイスで冷やしていますと説明受けたことを思い出す。

 

お腹に溜まったガスの仕業?

 

そうこうしていると、手を組んだあたりが、ぴくぴくと反応している。

これが、死後硬直の後、弛緩が始まったこと?

筋肉の変化に伴う動き?

 

やはり、もう声を聴くことも出来ないってことか‥‥‥

頭は働かず、周囲に言われるがままに行動する。

 

当直の看護師も、今日の担当看護師も、廊下に顔を出して来た看護師も

顔見知りで、お悔やみの言葉を伝えてくれる。

 

病院側からは死亡確認後、1時間ほどでお迎えに来ていただきたいと強く言い渡されると思っていたが‥‥‥‥一夜の安置を心安く引き受けて頂けた‥‥‥有難い。

病室からの旅立ち

「お母さんの呼吸が止まっています!」

( ,,`・ω・´)ンンン?

「えっ、それはどうゆうことなんでしょうか?」

病院からの電話は、帰宅後8日目に届いた。

ようやく動けそうな体調だなと感じはじめ

医師の「安静に過ごしてください」に従ってというより、動けなかったのだが‥‥‥

検査結果を受け止めていこうとしていた矢先の連絡に、

 

想定内の事と理解しつつ

「呼吸していないって、亡くなったという事ですか?」

動転した受け答えだったらしい。

家族の立ち合いの元、医師が死亡確認をしない限り、死亡にならないらしい。

遠いどこかの出来事のようで、信じられないまま動く。

 

予約していた ”小さなお葬式” では、実家地域での対応施設が1カ所しかなく、

対応不能となり、1時間近くに渡って葬儀社を探した。

病院では、個室で朝まで安置の許可を頂き、その間に

地元の従妹に立ち合いを依頼、弟と連絡を取り合う‥‥‥‥

親戚に連絡を入れつつ、

わたしの心は、現実と回避していく。

 

夜中の移動は危険だからと、夫にも止められ、

眠れない夜、明るくなるのを待って出発。

 

朝の5時でも、こんなにトラックが行き来していることに、

物流関係者の大変さが伝わって来る‥‥‥‥脳内は現実逃避!

 

慌てて駆けつける帰省を、いったい何回やったただろう?

これで終わる?

終了?

冗談ではないよね?

 

ナースステーションの看護師の優しさが身に沁みる対応の中、

母と面会。

ええっ?

寝ているだけじゃないの?

「まだ、声が届きますから、お声がけしてください。」

「○○さん、娘さんが来ましたよ!」

 

滂沱の涙に慌てた。