人生後半、遊び人

食べて飲んで、好奇心のまま動き回ることが大好き。

ザ・昭和の観光地か?

天気予報は、あろうことか!
北陸移動の3日間全て、雨!

この夏の暑さを考えたら、カンカン照りよりいいと、思うことにする。

 

あ~~東尋坊に行ったとしても、崖っぷちまで歩ける?

ましてや海から眺める観光船は、営業していないかもしれない!

 

お天気任せ (⊙_⊙;) ‥‥‥なるようになるか‥‥‥

 

「雨って、いつ降るの?」って感じで到着。日傘までさして、とにかく腹ごしらえ。

 

歯の治療中の娘は「ネギトロ丼」、わたしは看板メニューの「海鮮丼」

「ザ、昭和!」でランチタイムに人っ子一人いない「食堂」。

のぼり旗は「新鮮海鮮丼」だから、大丈夫だよね⁈」

 

実は、駐車場も、閑散‥‥‥「ここは、昭和の遺物?」と不安。

 

予想に反して、新鮮な魚介の丼を美味しく頂けて満足 (*´艸`*)

 

崖っぷちに近づくと、それなりに人の波が増える。

 

待望の観光船からの眺めもダイナミックで、

小型船は、えっ!と身体がこわばるくらいに揺れた!

娘の顔が引きつる‥‥‥船酔いをこらえている!

30分は、妥当な距離と時間だった。

 

「母さんが言い出して、こんなところ来なかったら、一生 ”東尋坊” なんて

名前も場所も知らずに終わっていた!」

「それくらいに、全く興味も関心もない場所!」

彼女なりに、遠回しで「東尋坊」への無関心さをアピール。

 

我慢して付き合ってくれたのは、重々承知のわたし (*´σー`)エヘヘ

娘が帰宅するまでの時間稼ぎと、わたしの北陸リベンジで "ウインウイン" と

考えよう ♬

 

お天気は、雨も無く、蒸し暑さとのどの渇きで、カラフルなかき氷が

心身リフレッシュ。

 

お天気は、わたし達に味方してくれた ♪‥‥‥感謝!

北陸リベンジ

大阪から帰省した娘を信州で伴い、母が入所している施設で面会が叶った。

新潟から大阪は、かなり便が悪い。

わたしのように、ふらりと出かける趣味もなく、お金もない娘!

 

以前からリベンジを狙っている「北陸」‥‥‥(*´艸`*)

福井まで送っていくを大義名分に、いざ「北陸」

 

「えっ!なんで福井?なんで富山にも泊るの?」

「え~~と~~」

息子の新社会人としての最初の赴任先が‥‥‥「福井」だった。

夫と訪ねた際に、息子を交えての観光が永平寺」!

わたしは東尋坊へ行きたかった。

夫の強い主張で永平寺だった!

 

実はどちらも何度か行っている。好みの問題かな?

‥‥‥荒ぶる海が好きなんだなぁ‥‥‥

リベンジしたかった  (*´艸`*) 

加えて、海から「東尋坊」を眺めたかった。

 

そして実家に戻って雑用がある。

福井から大阪までは、意外と近い。

 

娘自身早々に帰宅しても「低周波振動」の嫌がらせは続行中。

ぐるりと回って時間稼ぎして帰るのもいいんじゃない?

「なるほど、そうゆうことか。」

 

「富山」は、6月に訪れた「豊橋」同様に、路面電車が走っている。

豊橋」の変貌に驚いたように、いつか見た「富山」駅前の変貌を覗いてみたい気持ちと、わたしにとっては、連日長距離運転の疲れ緩和のため。

 

なんとか理由が整って東尋坊リベンジへ (*´艸`*) 

92歳の母に、娘が面会

92歳の母、9月のサポート記録(2)

 

「ばあちゃん、わたしの事解るかな?」

「そりゃ解るよ(笑)かなり喜ぶに決まっているよ。」

 

( ,,`・ω・´)ンンン?

「ばあちゃん、話がすくなかったね。もっとお喋りだったよね。」

先月に感じた母の真っ暗な表情は、能面のようにかたかった。

そう言えば、文句が減った。

娘がいるから、

「ここで死ぬんだかのう。」とは言わなかったが‥‥‥

前向きな言葉は出てこない。

 

娘が渡した和菓子をごそごそと開けようと試みたり、わたしが渡した葡萄の

パッケージを開けようとしたり、落ち着かない。

 

「ご飯はちゃんと食べている?」

「ここのご飯は、ま~ずいんだて!」

‥‥‥心臓が弱っている上に、高血圧で腎臓も機能低下で、塩分を制限した食事だから、

施設が悪いわけではない‥‥‥

「甘いお菓子を楽しんでね。」と娘が言うと

「食べる事しか楽しみがねえのに、差し入れてくれたお菓子も、

ちぃ~っとしかわたしてくんねえんだて。」

( ,,`・ω・´)ンンン?‥‥‥

「ばあちゃんたちは、差し入れも管理されているんだよ。」

‥‥‥食べ過ぎたり、のどに詰まらせたりしないように‥‥‥

 

「そっか、管理されて話し相手も居なかったら、沈んでいくばっかりだね。」

「そうは言っても、要介護4や5の人たちって、ほとんだが認知症を患っていたり

自分で食事さえできない人が大半だから。

 

説明しているとわたしまで沈んでいく。

3度の同居の申し出を断ったのは母だ。

今の特養入所を希望したのも母だ。

 

出来ることは、全てやってきた。

トイレットペーパーやポリデントが残り少ないとの言葉を受け、数日後に

差し入れる約束をして、面会終了。

 

「今会わなかったら後悔するから。」と時間を作ってやってきた娘には

少々酷な母との面会となった。

 

92歳母、要介護5から変更

92歳母、9月のサポート記録(1)

 

昨年の夏、8月の下旬に転んで大腿骨転子部骨折をして手術後‥‥‥

3日目に大腸憩室穿孔で、手術‥‥‥人工肛門造設術も‥‥‥

 

九死に一生を得ることで、入転院を繰り返し、

短期入所施設から、最終的に特養入所が叶った。

 

骨折だけでは、気丈な母は歩くようになっただろうが、その後の大きな手術と

長期間の入院生活で、体重が10㎏ほど減少した。

ほとんど筋力を失った⁈

 

車いす生活になり、座った状態でも筋力が弱った母には辛い。

助かっても寝たきりになる可能性が強いと言われたのだから、逆に素晴らしい快復と言える。驚いたのは、せん妄すらなかった!

二つの病院名も、短期入所の施設名も記憶していた。

 

昨年の寝たきり状態で、担当医の言葉もあり「要介護5」の判定。

 

今回1年後、「要介護4」‥‥‥口は健啖!

この状態をどうとらえるかは、本人次第。

行政からの連絡はわたしのもとに届く。

今月は、「要介護4」の「介護保険被保険者証」を携え、娘と面会に出向く。

 

孫との面会の陰で、雑用を確認して、母の状態を確認だ。

一人じゃないと、気持ちも軽い。

「投身」

不穏なタイトル

そこに魅かれるわたしもどうかと思うが‥‥‥‥

92歳の母が「特養」に入所しても続く雑用と実家の管理を続けながら‥‥‥

それより前?

子供を持たなかった叔母夫婦を見送るまでの凡そ4年間のサポート中から、

自分は、どんな最期を迎えるのかと想像することが増えた。

 

どんな最期を迎えたいか?

「癌」を患って、余命宣告の中に生前整理をするのが理想かも?

叔母が「大腸がん」で弱っていく姿を目の当たりにし、癌が転移するごとに現れる症状に苦しむさまは、辛かった。緩和ケアとはいっても、症状が出てからの対処になる。

 

姑が100歳で老衰。

明るく気丈な彼女が、弱っていく自分の身体の状態を淡々と教えてくれる。

出来なくなっていく事柄が転がるように増えていったとき、彼女のようにふるまえる自信は無い。

 

今元気だった人が、いきなり事故で他界は‥‥‥切なすぎる。

 

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白石 一文著‥‥‥「投身」

想像を超えた最期に、絶句!

3人を選んで、自身の存在を植え付けるかのような行為は、本人の望む、存在を残す

ことにはならないだろう。いづれその3人も、この世を去るわけで‥‥‥

 

選んで了解を得た時点で、3人は彼と同類なのかもしれない。

 

わたしに言えるのは、こんなわがままは出来ない。

財力も、人間的な魅力も必要だから。

 

なにより、ひっそりとこの世を去りたい。

選択の余地は、ないか‥‥‥

結膜下出血

娘を迎えての帰省に備え、ジャングル一歩手前の庭の草取りに励んだ。

吹き出す汗で、緩和しかけた顔の「発疹」が悪化する (⊙_⊙;)

 

「汗をかかなくなる頃には落ち着きます。」

皮膚科の医師の言葉が蘇る‥‥‥汗が悪化させる!!!!!!!

 

ならば草取りを中止!とはいかない。

濡れた手ぬぐいを首に巻き付け、朝の爽やかな時間帯と夕方の風が吹くころに

集中して、足腰も労わり、1日3時間を越えない!

 

「発疹」は何とか、なだめられた。

 

溜まった雑草の山が乾ききった。穴を掘って‥‥‥

翌日、腰が痛むと思いきや‥‥‥( ,,`・ω・´)ンンン? 左の白眼が真っ赤に出血!

‥‥‥グロテスク!‥‥‥「結膜下出血」

 

娘が幼いころに、同じ症状になり慌てふためいた。

風邪をこじらせて酷い咳が続いたことが原因。

医師に自然に血液は吸収されていくと説明を受けたことがある。

 

わたしの場合、思いつくのは「穴掘り」

かなり久し振りに鍬を握り、カチカチに乾いた土を力いっぱい掘り起こす。

きついけれど、なんかストレス解消 ♪ なんて勘違いして、頑張った!

 

出血が消えるには、1~2週間。

( ,,`・ω・´)ンンン? 施設での母との面会がある。

さりげなく夫に、「わたし、何か気になることある?」

 

「う~ん、髪切った?あっ髪染めた?」

「あれ?その眼どうしたの?」

「ストレス‥‥‥」

「そっか」と自分のせいだとばかりにうなだれる (*´艸`*)‥‥‥効き目合った⁈

‥‥‥いや、彼をやり込めたかったわけじゃない‥‥‥

「ストレスの原因が全てあなただなんて言ってないよ(笑)

この夏の暑さの中、3回の帰省や大阪行きで疲れが取れないのが大きい。

一部ではあるけどね。(穴掘りは言わない)

「そこを知りたかったわけじゃないよ。この目の状態、そんなに目立たない?」

「普段眼鏡をかけているから、まあ大丈夫かな。」

 

人って、ぱっと相手の眼を見るはず‥‥‥夫じゃあてにならないなぁ。

 

わたしが泣いてしまう歌‥‥三曲

クルマを運転中いきなりラジオから流れる曲 ♪

「あ!だめだ!」

と思いながら、一緒に口ずさんで‥‥‥号泣‥‥‥(⊙_⊙;)

 

”荒れた~青春の~海は厳しいけれど~~”

”今、負けないで!泣かないで!消えてしまいそうなときは~~”

既に声にならない!!!

 

アンジェラ・アキさんが歌った、手紙~拝啓十五の君へ

息子の春の嵐は、まさしく15歳の時に荒れ狂った!

明るく寄り添う演技をし続けた自分まで思い出す。

そして今、十五の倍を生きたにもかかわらずに苦境の中でもがいている娘。

守り抜きたい想いが溢れてしまった (*ノωノ)

 

秋になると流れる、山口百恵さんコスモスも‥‥‥(⊙_⊙;)

やはり車中で、泣く!

あの今は92歳になった母の淋しそうな笑顔を思い出す。

 

岩崎宏美さんマドンナたちのララバイは‥‥‥

愛する人の対象が、わたしは娘と息子になってしまう (*´艸`*)

 

この家を巣立ってどこで暮らしていても、

いつでも羽を休めに帰っておいでと。

※現状、夫によって家中がひっくり返され、とんでもない状況!

 

二人の為なら、命を投げ出せるなぁと思う後から‥‥‥涙‥‥‥(*´艸`*)

 

身体だけでなく、涙腺も老人仕様に変化して‥‥‥

この世を去るにあたって、娘や息子が平穏であれと、祈らずにいられない。

 

初めて妊娠した時、わたしに母性はあるだろうかとの心配は危惧だった。

全ての母の願いが叶ったら、世界は平和になるのだろうに‥‥‥