ほんの数十軒の小さな集落で生まれた母。
今でこそ市町村合併で、人口約8万人のK市ではあるが・・・
物心ついたときから、日本はすでに戦時下にあった。
母曰く「生まれたときがわありかった。(悪かった)」らしい。だからといって、別の時代だったら、今の母という個ではなかったじゃないかと思うのだが、彼女には通じない。
そんな母の若いころの楽しみが、3里(12キロ)歩いて街に映画を見に行く事だったという。
その当時の街に暮らすようになり、やがて結婚して今に至る。
田舎育ちの母にとって町で暮らして結婚する事は、数少ない同級生の中での自慢だったらしい。
わたしが「若いころは、なかなか美人だったね。」「同級生が、お母さんが美人で優しそうって言ってた。」という言葉に、反論どころか謙遜もない。 ”ご満悦”
手先が器用という事もあり、今で言う ”女子力” がかなり高く(とわ言え人数が人数!)ちやほやされてもいたらしい。
彼女の住む世界は、生まれた土地からわずか12キロ圏内で86年余りを過ごすことになる。
どう考えたら、自分を特別と思えるのか?
娘のわたしには、摩訶不思議!! 続