20代半ばで祖父の葬儀に列席してから、還暦を迎えるまで、何人となく見送ってきた。
初めての葬儀、「ご遺体」が怖かった。
まあ、未だに怖いと言えるかな?
身近な叔母が亡くなったとき、つい先日までの叔母との違いに「驚愕」。
20代にとって、「死」は遠すぎて、いつか迎える「死」を想像することも無かった。
亡くなった人達との年齢差が狭まり、人生の折り返しを過ぎた自覚と共に、意識が強くなっていく。
どんな死に方が、わたしに快適か?
最期を迎えるにあたって、50代から「エンディングノート」を記入しているが、答えが見つからない。
「オカシナ記念病院」‥‥‥‥久坂部 羊著 答えを探しに読んでみた。
南の離島での病院。現状と理想が交差する中、どちらがいいのか?
辛い症状がないなら、「健康管理のブロイラー」になる必要はないらしい。健康診断でのがんの発見率は、0.0数%と低い。しかも検診で見るのは胃・大腸・肺・子宮・乳房。
そのほかの数値に至っても、たとえ良好であっても、それを保証できるのは検診日。
自然な経過を受け入れずに、高齢者が不自然に長生きしている現状は、単に医療側の都合????? 発病時の年齢や、環境で病気に対する選択肢は変化するのだろう。
順調な老化をそのまま受け入れていたら、筋力は衰え、骨密度は低下し、「あれっ?」と気が付いたときには、躓いて骨折し、動けなくなって、認知症を発症⁈
それもあり‥‥‥ではあるが、まだ好奇心が満足していない。
適度な運動と、食事に気を配り、老化進行を穏やかに‥‥‥‥(❁´◡`❁)
模索続行。