人生後半、遊び人

食べて飲んで、好奇心のまま動き回ることが大好き。

感情失禁!?

 母は、若いころから洋裁好きが幸いして、洋服作りを仕事にしながら、紳士服も製作できるようになっていた。わたしが着るものは、八割かたは母の手によるもので下着さえも手作りのことがあった。

 自慢だった。

 三十数年前のワインカラー(当時の流行)のコートもジャケットもいまだに健在。
わたしの体型、(いやスリーサイズは変わったが)身長と体重がほぼ変わらないこともあるが。それにしても、袖ぐりとか肩のフィット感は気持ちいい。デザインがスタンダードなので三十年以上前とは全くわからない。表よりも裏地に気を使っているのか、着るときのすべりが違う。
 安いからとトレンドのファストブランドを試着しようとするだけで、かなりの違和感の前に不快感が来る。そして、ほつれてもいなければ、痛んでもいない。
 本来の洋服の姿なのかと感心するし、経済的にかなり困窮していたにもかかわらず、洋服だけはいいものを体感でき、ここは母に感謝だ。
 学校から帰宅して、おやつを食べながら、洋裁をする母に1日の出来事を話すことが嬉しかった。
 母が優しい時。

 が、料理は・・・得意ではなかった。

 74歳まで、近所の公民館で卓球をしていた。微笑ましかったし、できるだけ長く楽しめたら良いなと応援していた。本人や周りの思いだけでは続けられないこともある。
 地震という自然災害によって、運動の場がなくなっただけでなく、気持ちまで持っていかれた。いつまた地震が起こるかという恐怖心が根強く残り、さらに大きな地震が各地で発生することで、大変な日々が自分だけじゃない共有された思いが、母を落ち着かせた感がある。

 今86歳。
 85歳になると、脳の萎縮が始まるという。認知症状が現れていたら、認知症と診断されるらしいが、彼女はまだ大丈夫。というより、負けず嫌いの意地っ張りが幸いしていると思う。娘に馬鹿にされてなるものかとばかりに、骨こつ(こつこつ)体操とやらに励んでいる。
 
 それでも、わたしが実家をさる際に涙を見せるようになった。
決して泣かなかった人も、脳の前頭葉の萎縮には勝てないのかなと思うこのごろだ。
前頭葉が感情を司るらしいから、早い話が感情のだだもれ?
 すると、わたしは・・・・子供のころから、本を読んでは泣く。音楽にも涙。最近、絵画にさえ涙することがある。これって、生まれつき前頭葉萎縮???   続